安部公房が完成させた
最後の長編小説
『カンガルー・ノート』について、
斉藤紳士さんが
その独特な世界観やあらすじを
熱量たっぷりに解説している動画です。
物語の始まり:貝割れ大根の自生
奇妙な発症
ある朝目覚めると、
主人公の青年のスネに
「貝割れ大根」
がびっしりと生えていました。
日常から非日常へと足を踏み外す、
安部公房らしい幕開けです。
「カンガルー・ノート」とは
主人公が勤める文具会社で、
適当に書いた
「カンガルーの袋のようなポケットがついたノート」
というアイデアが採用されてしまったことから
物語が動き出します。
しかし、
このノート自体は
物語の後半では
あまり関係なくなります。
冥界巡りの旅
動き出すベッド
病院で麻酔を打たれた主人公が目覚めると、
生命維持装置がついたベッドに
固定されていました。
このベッドは主人公の意思や、
時には下り坂などの重力に従って
勝手に滑走し始め、
彼を異界へと運びます。
地下運河と「イカ爆弾」
ベッドは地下の運河へたどり着き、
そこで
「イカの生殖線を接触させると
ダイナマイトを凌ぐ爆発を起こす」
という、
理知的でありながら荒唐無稽な
「イカ爆弾」
の話が展開されます。
観光地化された「賽の河原」
日常的な地獄
主人公は三途の河、
あるいは
「賽の河原」にたどり着きます。
しかしそこは、
観光ガイドが
「日本一の賽の河原でございます」
と老人たちを案内するような、
奇妙に世俗的で
日常的な場所として描かれています。
不条理性とユーモア
非日常的なシチュエーションの中に、
あまりに日常的な
「常識(観光地の風景など)」
を混ぜ合わせる手法が、
安部公房の真骨頂
(シュールレアリズム)
であると解説されています。
結論
『カンガルー・ノート』は、
「死や地獄といった
重いテーマを、
安部公房特有の
乾いたユーモアと
緻密な論理で解体した」
傑作です。
夢か現実か、
生か死かが曖昧なまま進む物語は、
読者を不思議な
「冥界巡り」の体験へと誘います。
安部公房が完成させた最後の長編小説
『カンガルー・ノート』
の後半部分について、
斉藤紳士さんが
その不条理な展開と結末を
独自の視点で解説している動画です。
冥府巡りと「母」との再会
狂った老婆
滑走し続けるベッドの上で、
主人公は
「母」と自称する老婆に出会います。
彼女は「あんたは死んでるよ」と告げ、
主人公を「親不孝者」となじることに
快感を覚える
狂気的な人物として描かれています。
キラー君と「自己死」
安楽死を
「最高の自殺」
と説くキラー君という人物も登場。
現代の死を象徴する
「自己死(自殺であり他殺でもある)」
という哲学的な議論が展開されます。
病院内の「殺人」と脱出
病室の縄文人
別の病院にたどり着いた主人公は、
自称「縄文人の末裔」
という男と同室になります。
彼は「いびきがうるさい」という理由で
主人公を殴るような粗暴な男です。
安楽死の実行
病室で苦しむ老人を安楽死させるため、
患者たちが「あみだくじ」で実行犯を決めます。
選ばれた「学生さん」が
毒(トリカブト)で老人を殺害し、
主人公と共に病院からの脱出を試みます。
生命の目的
逃走中の会話で、
学生の
「人間は何のために生きてるんだろう」
という問いに対し、
主人公は
「死にたくないから生きているだけのことさ」
と冷徹に返します。
壊れたベッドと衝撃のラスト
サーカス列車との衝突
ベッドで走り続ける主人公は、
ある駅でサーカスを乗せた電車と衝突し、
ついに
「魔法の絨毯(ベッド)」
がスクラップになります。
これは物語の物理的な終わりの象徴です。
鏡像の恐怖
ラストシーンで、
主人公は段ボール箱の覗き穴から中を覗きます。
そこに見えたのは、
同じように穴からこちらを覗き、
ひどく怯えている
「自分自身の後ろ姿」でした。
結論:安部公房が最期に見た景色
この作品は、
死に直面していた安部公房自身が、
「死への恐怖」
「懺悔」
「人間の愚かさ」
を不条理なファンタジーとして
落とし込んだ名作です。
カンガルーが象徴する
「個性のなさ」は、
死によって社会から消え、
記号化されていく人間の末路を
暗示しているのかもしれません。