チリの沖合い670kmに位置する
太平洋上の孤島
「ロビンソン・クルーソー島」
この島は、
かの有名な小説
「ロビンソン・クルーソー」
のモデルとなった島だった。
そしてロビンソン・クルーソーのモデルとなったのは、
アレキサンダー・セルカーク。
彼はロビンソン・クルーソー島で
ただ一人取り残され、
4年4ヶ月と言う長きにわたる
自給自足生活を生き延びたのだ。
無人島でのサバイバル生活は、
一体どんなものだったのか?
そして、
日本人探検家高橋大輔氏による、
セルカークの住居跡発見のストーリーも
ゆっくり解説。
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チリのファン・フェルナンデス諸島にある
「ロビンソン・クルーソー島」と、
そのモデルとなった実在の人物
アレキサンダー・セルカークの
壮絶な物語を解説している動画です。
物語と現実の島
改名の理由
もともとは
「マス・ア・ティエラ島」
という名前でしたが、
1966年にチリ政府が
観光客を誘致するため、
有名な小説にちなんで
「ロビンソン・クルーソー島」
と改名しました。
モデルとの違い
小説『ロビンソン・クルーソー』
(ダニエル・デフォー著)
の舞台はカリブ海の熱帯の島ですが、
モデルとなったこの島は
チリ沖の亜熱帯に位置し、
霧がよくかかる孤島です。
モデル:アレキサンダー・セルカークの4年4ヶ月
置き去りにされた理由
スコットランド出身の航海士だった
セルカークは、
乗っていた海賊船の老朽化を危惧し、
修理を求めて
自ら島に残ることを提案しましたが、
仲間が誰も賛同せず
一人だけ取り残されてしまいました。
サバイバル生活
住居と食事
野生化したヤギの肉や
ミルク、カブ、キャベツなどを
食べて生活しました。
天敵と味方
夜中に体をかじりに来る
ネズミに悩まされましたが、
野生の猫をペットにすることで克服しました。
精神の支え
孤独に耐えるため、
聖書を読み耽りました。
このエピソードは小説にも反映されています。
生還
1709年、
4年4ヶ月の孤独な生活を経て、
イギリスの船に救助されました。
日本人探検家による住居跡の発見
高橋大輔氏の執念
日本人探検家の高橋大輔氏が
1994年から調査を行い、
2005年には
ナショナル ジオグラフィック等の支援を受けて
本格的な発掘調査を実施しました。
決定的証拠
地中から
セルカークが使用していたと思われる
「壊れたコンパスの破片」や、
焚き火の跡、
柱の穴を発見。
科学的分析により、
セルカークがいた時代と
一致することが証明されました。
現在のロビンソン・クルーソー島
観光
現在は約800人が暮らしており、
チリ本土から飛行機で
約3時間で行くことができます。
アクティビティ
スキューバダイビングや
名物のロブスター料理、
アシカの群れの観察などが楽しめます。
結論
小説のロビンソン・クルーソーは
28年間を島で過ごし、
ある意味その生活を
「楽しんで」いましたが、
現実のモデルである
セルカークの4年4ヶ月は、
「救出を信じて待ち続ける、
切実なサバイバルの日々」
でした。
その歴史の痕跡は、
今も島の静寂の中に刻まれています。