ドストエフスキー、
ツルゲーネフらも同時代におり
ロシア文学を世界的なレベルに押し上げた作家でした。
代表作は
戦争と平和、アンナ・カレーニナで
リアリズム文学の巨匠とされます。
後年は自身の宗教観や
哲学思想的な作品を送り出し
トルストイ運動という農民運動に発展します。
トルストイの思想は
平和主義アナキズム、
無政府平和主義にくくられ
非暴力の考えは
ガンディーやキング牧師に受け継がれていきます。
・すべての幸せな家庭は似ている。
・不幸な家庭は、それぞれ異なる理由で不幸である。
・人の不幸の上に自分の幸せを作らない。
・他人の幸せの中にこそ自分の幸せもあるのだ。
トルストイの代表作
『戦争と平和』や
『アンナ・カレーニナ』
を生んだ背景にある、
彼の激動の人生と深い思想を
「倫理」の視点から
詳しく解説している動画です。
時代背景:帝政ロシアと農奴制
トルストイが生きた
19世紀のロシアは、
農民が領主に従属する
「農奴制」の国でした。
啓蒙の光と闇
皇帝エカチェリーナ2世以来、
貴族の間では自由主義的な啓蒙思想が広まりましたが、
そのしわ寄せは農奴たちに集中し、
彼らは売買の対象にすらなっていました。
改革の芽生え
ナポレオンを撃退して
パリに攻め込んだ青年将校(貴族)たちは、
西欧の自由な空気に触れ、
自国の遅れを痛感して
「デカブリストの乱」
などの改革運動を起こしました。
トルストイは
この激動の時代の直後に生まれています。
トルストイの挫折と戦場体験
農民救済の失敗
伯爵家を継いだトルストイは、
理想に燃えて
農民の生活向上を目指しましたが、
農民たちは
「若造の言うことは聞けない」
と非協力的な態度。
この溝は深く、
一度は夢破れて
ギャンブルや社交界に逃避してしまいます。
名もなき英雄との出会い
兄に誘われ
カフカースやクリミア戦争に従軍したトルストイは、
そこで
「本当の英雄は、
淡々と任務をこなして死んでいく
名もなき兵士たちである」
という事実に衝撃を受けました。
これが、
後の『戦争と平和』のリアリズム
(写実主義)の基礎となります。
教育への情熱と独自の教育観
自主性を重んじる学校
領地に「ヤースナヤ・ポリャーナ学校」を開設。
時間割も規則もなく、
子供たちが「学びたい時に学びたいことを学ぶ」という、
当時としては極めて革新的な教育を実践しました。
英仏の模倣への疑問
ヨーロッパ視察を経て、
ギロチンによる処刑などを目の当たりにした彼は、
「先進国の真似をするだけが発展ではない」と確信し、
人間としての器を育てる教育に力を注ぎました。
宗教的覚醒と「非暴力」の思想
精神的危機
世界的な名声を得た後に
「生きる意味とは何か」という問いにぶつかり、
絶望の淵に立たされます。
そこから辿り着いたのが、
独自のキリスト教信仰でした。
山上(さんじょう)の垂訓(すいくん)と非暴力
「悪に暴力で対抗してはならない」
というイエスの教えを徹底。
(右の頬を打たれたら左も向けなさい)
国家による戦争や死刑を批判し、
1901年にはロシア正教会から破門されますが、
かえって世界的な支持を集めました。
* **ガンディーへの影響**:
彼の「非暴力・不服従」の思想は、
手紙を通じて
若き日のガンディーに直接的な影響を与え、
後のインド独立運動や
キング牧師の活動へと繋がっていきます。
理想と現実の葛藤、そして最期
家族との不和
私有財産を捨てて
清貧な生活(製品)を望むトルストイに対し、
家族の生活を守ろうとする妻ソフィアは猛反対。
愛し合っていた二人の関係は
次第に泥沼化し、
82歳のトルストイはついに家出。
その3日後、
旅先の駅で肺炎により息を引き取りました。
この動画は、
文豪としての顔だけでなく、
社会改革者、教育者、
そして「非暴力」を世界に広めた
思想家としてのトルストイの全体像を
分かりやすく描き出しています。