安部公房・渡邊格 対談完全版

1980年代初頭に行われた、
作家の安部公房(1924-1993)と、
日本の分子生物学の草分けである
渡邊格(わたなべ・いたる、1916-2007)
による対談の記録です。

科学と文学という異なる視点から、
「生命とは何か」
「人間とは何か」
という根源的な問いを掘り下げています。

1. 分子生物学による革命

生命と物質の連続性

渡邊氏は、
1953年のDNA二重螺旋構造の発見が、
生命を
「特殊な物質機械(システム)」
として捉える革命をもたらしたと語ります。

安部氏は
この
「生命も物質も同じ土俵で論じられる」
という科学的認識が、
人間の思考に与えた衝撃を
高く評価しています。

日本の遅れ

欧米では
この認識が教育の基礎となっているのに対し、
当時の日本の大学教育は依然として
「物質」と「生命」を縦割りで捉えており、
思想的な構築が遅れているという
共通の危惧が示されています。

2. 進化論と「縄張り意識」

宇宙の進化としての生命

生命は宇宙の物質進化の延長線上にあり、
知性や精神も
その進化の一環であるという視点が共有されます。

遺伝子に刻まれた行動

安部氏は
動物行動学者ローレンツの理論を引き合いに出し、
人間の「国家への忠誠」や「セクト意識」も、
実は理屈(モラル)ではなく、
遺伝子レベルで組み込まれた
「縄張り行動」
の現れではないかと
鋭く指摘します。

3. 言語と精神の可能性

言語という「入れ物」

チョムスキーの言語理論に触れつつ、
人間が
「自分自身の構造(遺伝子)を発見する手段」
として言語をインプットされていたという
仮説が論じられます。

不快の選択(希望)

動物は本能(快・不快)に従いますが、
人間は言語によって
「不快であってもそれを選ぶ」
という
想像力と自由を持つことができるのではないか。

安部氏はそこに、
管理社会や本能を超越する唯一の
「希望」
を見出そうとしています。

4. ドストエフスキーと普遍的体験

テヘランの瓦礫の中の一冊

安部氏は、
イラン・イラク戦争のニュース映像で、
瓦礫の中に
ドストエフスキーの文庫本が
落ちていたのを見た
衝撃を語ります。

文学の普遍性

宗教や国家の違いを超えて、
一人の人間が別の人間
(ドストエフスキー)
の精神世界に深く没入できること。

この
「全く経験していない世界を、
日常以上のリアリティで体験できる」

という文学の機能こそが、
遺伝子の束縛を超える力になるかもしれないと
結論づけています。

結論

この対談は、
「人間は物質的な制約
(遺伝子、本能、縄張り)を受けつつも、
知性と想像力(言語、文学)によって、
いかにしてその限界を超え、
新たな文明の地平を切り拓けるか」
という壮大なテーマで結ばれています。

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